
第1章
痛みは、大型トラックに撥ねられたような衝撃だった。
両脚は焼けるように熱く、太ももから足首までギプスで固められていた。白いシーツ、病院特有の匂い、それからあの忌々しい電子音、すべてが一気によみがえってきた。
でも、今度の私は、すべてを覚えていた。
一つ残らず、全部。
そう、私は自殺したのだ。
前の人生で、あいつらは私を破滅させた。体操界のスターだった私を、再起不能の過去の人へと貶めた。私の栄光への夢は、あいつらの歪んだ娯楽の道具にされた。
そして、私を処刑したのは誰か? 愛する婚約者、信頼していた兄、そして、あの腹黒いぷっりこ、沙織。
司はベッドの傍らに座り、まるで心から心配しているかのように私の手を握っていた。
その青い瞳は子犬のように不安げで、かつての私ならそれだけで心を溶かされていただろう。もう、そんなことはない。
「絵里」と彼は囁き、私の指を握りしめた。「この事故のことで沙織を許してくれさえすれば、予定通り卒業したらすぐに結婚しよう」
『許す? ふざけないで。あんたが前回、私にどんな仕打ちをしたか、何もわかってないくせに』
記憶が濁流のように押し寄せる。高熱にうなされ、独りきりだった病室の窓を叩く雨音。受話器の向こうから響く司の呆れた声。「大げさだよ、絵里。ただの風邪だろ」。いつだって彼は沙織を選んだ。私がすべてを失う、その瞬間まで。
「離せ」私の声は氷のように冷たかった。「私を再起不能にした女を許せなんて言う男に、何の用があるっていうの?」
彼の顔が真っ白になった。
「どうしたんだ?」
私が答えるより先に、廊下からすすり泣きが聞こえてきた。芝居がかった、大げさな泣き声に、ナースたちが皆、足を止めて振り返る。
沙織だ。
彼女は私の病室のすぐ外で膝から崩れ落ち、完璧に化粧された顔を涙で濡らしていた。
「ごめんなさい! 私、転校してきたばかりで、器具のことがよくわからなくて……」
くだらない。あの女は、体操器具を「誤って」故障させたとき、自分が何をしているか正確にわかっていたはずだ。
廊下をどかどかと重い足音が響き、隆が部屋に飛び込んできた。その顔は怒りに歪んでいた――だが、その怒りは沙織ではなく、私に向けられていた。
「絵里! みっともない真似はよせ! 水原家が、あの子から金を取る必要などないだろう! 沙織は母親を亡くしたばかりで、縁もゆかりもないC県からたった一人で出てきたんだ。その子に賠償をさせろと? 世間が水原家をどう見るか、少しは考えたらどうだ!」
兄の顔を見ながら、私は彼の視線がしきりに司へと向けられるのに気づいた。司の肩に置かれた手が、ほんの少しだけ長く留まっている。
『ああ、そういうことか。このクソ野郎ども。今ならわかる』
「犯罪者を逃がさない家だと思われるだけよ。でもどうやら、兄は考えが違うみたいね」
「犯罪者? 事故だったんだ!」
「本当にそう? それとも、あの女に見とれてて真実が見えてないだけじゃない?」
その後に続いた沈黙は、耳が痛いほどだった。隆の顔が真っ赤に染まる。
「え……絵里、何を言ってるんだ?」
「自分で考えなさいよ、お天才さん」
二時間後、司は私を車椅子に乗せて病院のカフェへと連れて行った。いつものように、彼ならこの事態を丸く収められると思ったのだろう。
甘い言葉、子供の頃の思い出、守る気もない約束で。
「ねえ」と私は言い、スマートフォンを取り出した。「数字の話をしましょう」
「数字?」
「あんたが体操選手でいるために必要だった、練習費用と器具代。三年生のとき、ご両親に勘当されて路頭に迷いかけたあんたを支えた生活費。選手生命が終わるかもしれなかった、前十字靭帯断裂の手術費用とリハビリ代……」私はスマホの画面を彼に見せつけるように傾ける。銀行アプリの振込履歴を、一本、また一本と指でなぞりながら、冷たく読み上げてやった。「全部で百二十万。もちろん、利子もつけて請求させてもらうわ」
司のコーヒーカップが、受け皿の上でカチャンと音を立てた。
「絵里、俺たちは八歳の頃からの知り合いだぞ! 婚約もしてる! そんなこと......」
「そんなこと、何? 私のものを取り返せないとでも? 幼馴染だからって、いつから私は、あんた専用のATMになったの?」
彼のスマートフォンが震えた。画面に隆の名前が光る。
司はすぐに応答した。
「ああ……わかってる……今、話してるところだ……」彼の態度ががらりと変わる。「なあ、何か、うまい解決策はないかな……」
私は車椅子に深くもたれかかり、その哀れな姿を眺めていた。
「へえ、今は隆が指示を出してるわけ? 面白いわね」
司は電話を切りながら、震える手で言った。
「絵里、わかってくれ......」
「わかれって?」私は冷たく、鋭く笑った。「沙織が私たちのアパートに転がり込んできたとき、わかれって言ったみたいに? それとも、私たちの結婚資金を彼女の『緊急』の出費に充てたとき、わかれって言ったみたいに?」
「あれは……彼女には助けが必要だったんだ!」
「あの女に必要だったのは男だけで、あんたは喜んでそれをくれてやったってわけでしょう」
退院の日が、これほど待ち遠しかったことはない。
私は工学の授業で一緒だった友人の悟に電話をかけていた。助けが必要なときにちゃんと電話に出てくれる人だ。誰かさんたちとは違ってね。
「悟、ごめん、退院手続き、手伝ってくれる? まだ脚がめちゃくちゃで」
私がそう言いかけると、背後から不快な声が割り込んできた。まるで嗅ぎ慣れた腐臭のように、司がそこに立っていた。
「こいつは誰だ? 俺がお前の婚約者だろ、俺が手伝うべきだ!」
「だった、でしょ。あなたは『元』婚約者。悟、こっちは私の元カレ。元カレ、こっちは私のことを本当に大切にしてくれる人、悟よ」
悟はラインバッカーのような体格をしているのに、車椅子を操作する手つきはとても優しかった。
「絵里が必要なことなら何でもするよ。俺がついてる」
退院受付エリアには、さながら野次馬たちの舞台と化していた。他の患者やその家族、そして何よりゴシップに飢えた看護師たちの好奇の視線が、私たち三人に突き刺さる。
完璧だ。
「ここにいる皆さんに証人になってもらいます」ロビー中に響き渡る声で、私は宣言した。「私と五条司は、本日をもって正式に関係を解消します。結婚も、交際も、何もないわ」
司の顔は赤くなり、青ざめ、土気色に変わった。
「絵里、本気じゃないだろ! 俺たちには一緒に過ごした時間があるんだぞ!」
「ええ、そうね。そしてそれは、まさしく――過去の話よ」
「でも......」
「『でも』なんて言葉は、もう聞きたくない」私は彼の目を射抜き、氷のような声で言い放った。「兄と、あのビッチと三人で仲良くおままごとでもしてればいい。どうぞ、ご自由に。ただし、もう私のお金では無理よ」
悟が私を出口へと押していく。呆然と立ち尽くす司、嘘泣きをする沙織、怒りに燃える隆の視線を通り過ぎて。
『第二ラウンドと行こうじゃないの、クソ野郎ども。今度こそ、勝つためにやってやる』
自動ドアが私たちの背後で閉まり、司の必死な抗議の声を遮断した。
人生を立て直すときだ。
今度こそ、正しいやり方で。