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チャプター 72

アーレナは公爵邸の薄暗い廊下を足早に進んだ。スカートの裾が冷たい石の床に擦れる音が響く。彼女が通り過ぎると、使用人たちがひそひそと囁きを交わし、その目には隠しきれない憂慮の色が浮かんでいた。知らせはすでに広まっていた――ローナン王子が倒れられた、と。

心臓が激しく高鳴った。ローナンが弱みを見せることなど、ましてや倒れることなど、これまで一度もなかった。だが、彼の私室に近づくにつれ、胃の腑で不安がとぐろを巻くようだった。

重い扉を押し開けると、彼女は息を呑んだ。

空気中にはまだウルフズベインの香りが漂い、血と汗の苦い匂いと混じり合っていた。蝋燭の火は弱々しく、壁に長く揺らめく影を落としてい...