




第3章
林田社長との約束は順調に進み、相手はあっさりと時間を決め、場所は月想居に設定された。
月想居はK市の高級娯楽施設で、出入りする人々は金持ちか権力者ばかり、費用ももちろん最高級だ。
この取引をまとめるため、河野浩二は今回まさに大出血と言えるほどの出費を覚悟している。
河野浩二は岩崎奈緒に先に帰って準備するよう伝えた。時間はまだ早く、岩崎奈緒は帰って一度仮眠を取るつもりだった。車に乗ったところで、一本の電話を受けた。
岩崎奈緒が電話に出たものの、まだ何も言わないうちに、相手が先に口を開いた。「Y市から戻ったわ。今すぐ藤原家に来なさい。離婚のことを話し合うわよ」
言葉には拒否を許さない命令口調が含まれており、岩崎奈緒が同意しないことを恐れてか、さらに付け加えた。「あなたがお爺さんを救った時、私たちは彼に逆らえなかったけど、藤原家はこの数年であなたに返すべきものはすべて返したわ。今やY市が藤原家を引き継ぐことになり、お爺さんもきっと何も言わないでしょう」
彼女は藤原光司の母親、白石秋だ。名門出身で眼高手低の性格で、岩崎奈緒と藤原光司が「入籍」しようとした時から、彼女に対して非常に不満を抱いていた。
当時、岩崎家のビジネスに問題が生じ、岩崎奈緒の父親は彼女が藤原のおじいさんを救ったことを知り、藤原のおじいさんに助けを求めるよう彼女に頼んだ。予想外にも、藤原のおじいさんは二つ返事でこの婚姻を手配した。
藤原家の人々は岩崎奈緒が策略を弄したと考え、彼女に良い態度を示さなかった。岩崎奈緒もそれを理解し、藤原のおじいさん以外の藤原家の人々とは距離を置いていた。
彼女はこの結婚が冗談のようなものだと感じ、早くから離婚を申し出たいと思っていたが、藤原光司は国内におらず、父親のビジネスはまだ藤原家の支援を必要としていたため、機会を見つけられずにいた。
朝は慌ただしく出かけ、何も言えなかったが、今がちょうどいい機会だ。
藤原光司が、一度も会ったことのない妻が朝まで同じベッドで寝ていた人だと知ったら、どんな気持ちになるだろうか。
あれほど高慢な人なら、きっと表情が見物だろう。
岩崎奈緒は唇を引き締め、淡々とした声で「わかったわ」と答えた。
電話の向こうで一瞬の間があり、岩崎奈緒がこれほどあっさり同意するとは思っていなかったようだ。冷たく鼻を鳴らして電話を切った。
岩崎奈緒は携帯を置き、車を方向転換して藤原家へ向かった。
藤原家には広大な邸宅があり、その豪華さと華やかさは地位を象徴していた。岩崎奈緒のごく普通の車が邸内に入ると、いかにも場違いな印象を与えた。
邸宅には専門の駐車係がおり、岩崎奈緒は車を降りると、まっすぐ主邸へ向かった。
ドアを開けると、白石秋がソファに正座して紅茶を楽しんでいた。彼女が来るのを見て、ゆっくりと手を振った。
「白石さん」岩崎奈緒は彼女の向かいに座り、使用人が紅茶を出すと、丁寧にお礼を言った。
「少し待ちなさい。Y市は今道中よ」白石秋は元々岩崎奈緒を良く思っていなかったが、今回の離婚で彼女が補償を要求しなかったことを考慮し、多少の礼儀は示さねばならなかった。
岩崎奈緒はうなずき、静かにソファに座って携帯のグループメッセージが次々と点滅するのを見ていた。
「藤原光司が昨日帰国して早速御景テラスを買収したって!結婚準備らしいよ!」
「結婚の新居だね!河野さんって藤原光司の同級生じゃなかった?この案件取れないかな?@河野浩二」
「すごい、どの女の子がそんなに幸運なんだろう!藤原光司は富豪ランキングの常連だよ。私たちが近くで数言葉交わせるだけでも三生の幸せだよね!」
「藤原光司は国内外で有名だし、もし藤原光司の新居デザインを任されたら、私たちのスタジオは世界的に有名になるんじゃない?河野さん、頑張ってよ!」
藤原家の情報は厳重に管理されており、業界内のごく一部の人々を除いて、藤原光司がすでに結婚していることを知る者はいなかった。
しかし今や離婚するのだから、知っていようがいまいが関係ない。
河野浩二が泣きたい顔の絵文字を送ってきて、岩崎奈緒は思わず笑みを浮かべた。顔を上げると白石秋が彼女を見ているのに気づき、携帯をしまった。