




第5章
「無憂さんとは親友なんです。この数日間は彼女の夫の三回忌にあたるので、仕事どころではないんですよ」
言い終わると、林田涼子は友人のことを思いやる気持ちが強くなった。
榎田神也が冷たく鼻を鳴らすのを見て、「私たちの無憂は情に厚い人なの。ある男みたいに浮気性で、手元にあるものに満足せず、他のものに目移りするような人間じゃないわ」
この言葉が誰を指しているかは明白で、傍にいた鈴木芽衣にもその意図が伝わった。
目の前の女性が榎田神也と長い間知り合いであるかのように見えた。
鈴木芽衣は二人がこれ以上会話を続けるのを望まず、榎田神也の袖を軽く引っ張り、小声で尋ねた。「神也、この方とは知り合いなの?」
榎田神也が答える前に、絶妙なタイミングで携帯電話が鳴った。
彼は電話画面を一瞥すると、そのまま外に出て行った。
スタジオには林田涼子と鈴木芽衣の二人だけが残された。
榎田神也がいなくなったのを見て、鈴木芽衣は可憐な振る舞いを捨て、林田涼子をじっと見つめた。「あなたと神也はどういう関係なの?」
「さっきも言ったでしょ。私と神也はもうすぐ結婚するの。余計な気持ちを抱かない方がいいわよ。彼はあなたが思いを寄せていい相手じゃないわ」
林田涼子は呆れて笑い、近くの棚に手をついた。「あなた、被害妄想でもあるの?こんなクズ男なんて、あなたみたいな人だけが大事にして心に留めておけばいいのよ」
「あなたと榎田神也は本当に似合いね。一人は厚顔無恥、もう一人は鉄面皮。どうか二人でくっついて、他の人に迷惑をかけないでよ」
……
思いの丈をぶちまけると、林田涼子はようやく胸のつかえが取れた気がした。
鈴木芽衣を見直すと、少し見る目が変わったようにも感じた。
ただ、友人のことを思うと、やはり割に合わないと思わずにはいられなかった。
鈴木芽衣は呆然と立ちすくみ、林田涼子を指差して「あなた…」
何度も「あなた」と言いかけたが、結局何も言葉にならなかった。
外から榎田神也が戻ってきた瞬間、鈴木芽衣の目に涙が浮かんだ。
榎田神也は眉間にしわを寄せ、二人を見て「どうしたんだ?」と尋ねた。
一方、林田涼子は気分が良さそうに見えた。
「神也、私はただ彼女と少し話しただけなのに、ずっと罵られて…」
鈴木芽衣はその内容を繰り返そうとしたが、とても口にできず、諦めるしかなかった。
「神也、彼女の態度が良くないわ。別の人に変えてもらえない?」
「それは願ってもないことね。私もあなたには会いたくないわ」林田涼子は露骨に嫌悪感を示し、オフィスに戻って小春を呼び出した。
「出て行って彼らに説明してあげて。もし無憂に会いたいと言われたら、夫を亡くして仕事をする気分ではないって言って」
小春はその言葉を聞いて篠崎アエミを見た。ここで長く働いていれば、無憂が篠崎アエミだということを知っているはずだ。
小春の視線を感じ、篠崎アエミはうなずいた。「行ってきて。そう言えばいいわ。私の身分は明かさないで」
小春が出て行くと、林田涼子は怒りながら席に座った。
水を一気に飲み干す。
篠崎アエミはその様子を見て笑わずにはいられなかった。「なんでそんなに怒ってるの?」
彼女のそんな無関心な態度に、林田涼子は諦めたように首を振り、まるで鉄が鋼にならないことを嘆くように、手を伸ばして彼女の額をつついた。
外では小春が鈴木芽衣に対応するのに苦労していた。
「こうしましょう。いくらなら無憂に直接出てきてもらえるか、金額を言ってください」
説得できないと見た榎田神也は、金の力を使うことにした。
室内にいた篠崎アエミは、金額が6億円にまで上がったのを聞いた。
彼女の心は大きく揺れた!6億円だぞ!
このような状況に慣れていない小春は、どう反応すべきか分からなかった。
林田涼子が出ていき、「もういいわ。無憂は承諾しないわ。さっさと帰ってよ」
彼らを見るだけで縁起が悪いと思った。
「10億円だ」
林田涼子は目を丸くした。この金額なら正直、彼女も心が動いた。
しかし、彼女には信念があった。このくらいの金額なら、絶対に親友より大事ではない。
断りの言葉を言おうとした瞬間、篠崎アエミが出てきた。
「この仕事、無憂が引き受けます。小春、スタジオの口座番号を傅さんに教えて」篠崎アエミは林田涼子の隣に立ち、平然とした表情で言った。
篠崎アエミの突然の出現に、林田涼子も榎田神也も驚いた。
特に榎田神也は、ここで篠崎アエミに会うとは思っていなかった。
「君が無憂の代わりに決められるのか?」榎田神也は眉をひそめて尋ねた。明らかに篠崎アエミの言葉を信じていない様子だった。
彼は目の前の女性が、彼らが必死に会おうとしていた無憂だとは全く思っていなかった。
篠崎アエミはうなずいた。「もちろんよ。お金を振り込んでくれれば大丈夫」
この段階まで話が進んだので、榎田神也はもう疑う理由もなく、口座番号を控えると鈴木芽衣を連れて立ち去った。
願いが叶った鈴木芽衣は、去り際に満面の笑みを浮かべていた。
二人を見送った後、林田涼子は不満そうに篠崎アエミを見た。「なんで引き受けたの?」
怒った林田涼子を見て、篠崎アエミは少し笑い、彼女の手を引いて中に戻った。
「これは6億円よ。もらえるものはもらわないと馬鹿じゃない?」
「お金を稼げるのに稼がないなんて、それこそ馬鹿よ」
無憂のデザインは確かに高価だが、ウェディングドレス一着で6億円というのは初めてだった。
「でも…」林田涼子はまだ何か言いたげだった。彼女はただ篠崎アエミのつらい気持ちを思いやっていただけだ。
篠崎アエミの目の笑いが消え、「大丈夫よ。どうせ離婚するんだから、榎田神也からの離婚慰謝料だと思えばいいわ」
「それに、あなたは今日すでに私の代わりに仕返ししてくれたじゃない?」
彼女は手を伸ばして林田涼子の頬をつまみ、笑顔を見せると満足した。
「このまま自分の素性を隠しておくつもり?」林田涼子は好奇心を抑えられず、なぜ榎田神也に直接身分を明かさないのか理解できなかった。
「どうせ離婚するんだから、榎田神也が知ろうが知るまいが何の違いがあるの?今のままで十分よ。私はただあなたとこのスタジオをうまく経営していきたいだけ」
彼女は最初になぜ隠していたのかすら忘れかけていた。実際、彼女は榎田神也に何も隠していなかった。
ただ、彼が彼女を心に留めていなかったため、自然と気づかなかっただけだ。
何度も、榎田神也がもう一歩踏み出していれば、彼女の素性に気づいていただろう。
しかし毎回、榎田神也はそこで立ち止まっていた。
今となっては、彼が知ろうが知るまいがもう重要ではなかった。
「数日後、小春に彼らを呼んでサイズを測らせましょう。その時は私は出ないわ」
林田涼子はうなずいた。「安心して、こんな小さなことは小春に任せておけばいいわ」
「今夜パーティーがあるの。コネを使って招待状を2枚手に入れたわ。姉さんがあなたを連れて行って見聞を広めさせてあげる。ひょっとしたら1、2件の仕事も取れるかもしれないわ」
林田涼子はバッグから招待状を取り出し、1枚を篠崎アエミに手渡した。
夜になり、篠崎アエミと林田涼子はパーティー会場に姿を現した。
この夜、篠崎アエミは黒いボディコンドレスを着ていて、細いウエストラインが強調されていた。
隣の林田涼子はオフショルダーのミニドレスを着て、長い脚が人目を引いていた。
二人が会場に現れると、多くの人の視線を集めた。
林田涼子は辺りを見回し、「アエミ、あれ榎田神也じゃない?」と言った。
彼女は林田涼子の視線の先を見た。確かに彼だった。