第6章 あなたは私と条件を交渉するための何の手札を持っていますか
看護師は話の端々に無言の批判と皮肉を滲ませていた。
「手術する気がないなら、連れて帰りなさい。うちの病院に置いておくのはどういうつもりなの？公共資源の無駄遣いよ」
この看護師はつい先ほど彼女からお金を受け取ったばかりだ。
お金を受け取る時は笑顔満面だったのに、たった四時間で手のひらを返す。世の中の冷たさとはこんなものか。
しかし彼女には誰かを責める余裕などなかった。利害関係のない見知らぬ人を助ける人などいない、そんな道理は彼女にも分かっていた。
母親が白い目で見られたり、冷たい言葉を浴びせられたりするのを恐れ、彼女は平然と嘘をついた。「夕方までには入金されます」
「本当ですか？」
看護師の声色が急に明るくなった。
「お金が入るのを待ってください」
電話を切ると、平沢光に電話をかけた。彼に一度帰ってきてほしい、離婚の件を話し合うために。
今の彼女が持つ唯一の切り札は、平沢光と離婚条件について交渉することだけだった。
皮肉なことに、彼女の結婚生活を最後に崩壊させた藁は、たかが1億円だった。
彼女は街角の印刷店に行き、離婚協議書を新たに印刷し直し、離婚条件を変更してから、高橋グループへと車を走らせた。
平沢光は名実ともに仕事中毒で、付き合いを好まず、たいていは会社で残業していた。
彼女はわざと退社時間を選んだ。ビル全体が暗くなっている中、社長室の明かりだけがついていた。
平沢光と仲違いしてから、彼女は高橋家に来ていなかった。以前の高橋グループは2階建てだけだったのに、平沢光の指揮のもと、今では丸々一棟のビルにまで拡張していた。
高橋ビル、巨大な電子スクリーンには、一枚の大きな写真が映し出されていた。
写真に写っている男は、彼女の夫だった。
すらりとした体格に高級オーダーメイドのスーツを着こなし、椅子に座って足を組み、無表情で鋭い眼差しを向ける姿は、まさに上位者の風格そのものだった。
やはり人は装いで変わるものだ。
彼女が平沢光と出会った頃、彼は色あせた白いシャツを着て、最も安価な食べ物を口にしていた。
誰が想像しただろうか、あの自信なく内向的だった平沢光が、群を抜いて傲然と立つ日が来るとは。
高橋花子には感傷に浸る暇はなかった。今の急務は彼を見つけて、父親の命を救うためにお金を借りることだった。
社長室のドアを開ける。
「先に帰っていいよ、私のことは気にしなくて」
白いシャツに黒いベストを着た男が、穏やかな口調で言った。
高橋花子は一瞬固まった。彼は部下には、自分よりもずっと態度がよかったのだ。
男が顔を上げ、彼女を見た瞬間、表情がわずかに変わり、目を細めて侮蔑的な冷笑を浮かべた。「死にかけでもないと動かないはずなのに、まだ死んでないのに自分から来たのか？」
「平沢光、1億円ちょうだい」
高橋花子は部屋に入るなり、単刀直入に条件を提示した。
男は彼女の突然の訪問に驚いた様子はなかった。
ただ刃物のような視線で彼女を嘲笑うように見つめ、あざけるような口調で言った。「お前にまだ1億の価値があるとでも？」
誰も知らなかったが、高橋花子は表面上は平然としていても、離婚協議書を握る手は微かに震えていた。
彼女以上に、目の前のハンサムな男が人の皮を被った畜生であり、恩知らずであることを知っている者はいなかったからだ。
彼女は離婚協議書を開き、彼のデスクに置いた。「これが私が修正した離婚協議書よ」
「お前に何の切り札があって俺と条件交渉できるんだ？高橋花子、その自信は誰がくれたんだ？」
平沢光は離婚協議書を見ようともせず、顔を上げて彼女を嘲笑うように見つめ、目には軽蔑の色が浮かんでいた。
「平沢社長が私の親友の青木由紀子を好きだってことよ。あなたは彼女と結婚したいでしょう、彼女に家庭を与えたいでしょう」
平沢光はまだ動じる様子もなく、長い指で顎を撫でていた。
空気が突然静かになるのが一番怖かった。
高橋花子の頬に浮かべた笑みを維持するのが、とても疲れ、とてもつらかった。
「平沢光、たった1億で私を捨てられるのよ」
彼は顔を上げて彼女を嘲笑した。「お前が高橋天華のような老いぼれをそんなに気にかけているとはな」
「平沢光、義父に対しては最低限の敬意を持つべきよ。離婚条件なら、また話し合えるわ」
高橋花子は指を拳に握りしめたが、理性が彼女に怒ってはいけないと告げていた。今このような状況で、平沢光は彼女の最後の望みだった。
彼女は表情を変えず、穏やかな口調を保った。
この言葉を聞いて。
平沢光は離婚協議書を手に取った。
バリバリという音とともに、離婚協議書は数枚に引き裂かれ、ゴミ箱に投げ捨てられた。