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第8章

鈴木千穂は久しぶりに自分で手を動かす感覚を味わっていた。

江口慎吾と一緒にいた数年間、衣食住のすべてを用意してもらうというわけではなかったが、こういった力仕事に彼女が関わることはなかった。

数年前、彼が起業したばかりの頃、経済的に厳しい時期でさえ、週に一度の定期清掃は時給制の家政婦さんに任せていた。

一缶のペンキを塗り終え、鈴木千穂は少し痛くなった腰をさすった。

贅沢な暮らしに慣れた数年間で、こういう作業が本当に不慣れになってしまったわ……

廊下に出て、残りのペンキを運び込もうとした。

ところが、足が早すぎて缶を蹴倒してしまった。

素早く対応したものの、隣の住人...