第4章 彼に服を返しに行く
高橋裕也はようやく頭を上げた。「彼女のアポは取れた？今夜一緒に食事をしたい」
高橋おじいさんは一時的に意識を取り戻したが、その後再び昏睡状態に陥った。これからまた目覚めることは難しいだろう。
彼の願いは高橋裕也に安藤家の長女を娶らせることだった。高橋裕也はもちろんその願いを叶えるつもりだ。しかも彼女は六年前のあの女性である可能性が高い。高橋裕也にとって、あの女性は彼の幸せに関わる存在だった。
「すでに今夜六時半に家庭料理店での約束を取りつけました。店を貸し切りにしましょうか？」
高橋裕也は淡々と答えた。「必要ない」
「かしこまりました、高橋社長」
……
人気のない通りにある、ごく普通の住宅。
安藤美咲は絵里の体温を測り、すっかり熱が下がったことを確認すると、心の底から安堵のため息をついた。
「よかったわね、熱が下がったから、もう病院に行かなくていいわ」
安藤美咲は優しく絵里の小さな頬を撫で、目には愛情が溢れていた。
かつて彼女は安藤花子母娘の計略によって体を奪われ、おじいさんの愛情も失い、最後には人身売買の犠牲者にされた。
しかし、彼女は運良く生き延びた。
表向きは鈴木澤が彼女を轢いたことになっているが、実際は彼女が体力尽きて倒れたのだ。
彼は責任を感じ、母子を6年間面倒見てくれた。
この恩は、一生かけても返せないものだった。
当時、あれほどの苦難を経ても、お腹の中の小さな命はしっかりと根を張っていた。
そのあまりにも強い生命力に、安藤美咲は心を動かされた。
何一つ持たない安藤美咲は、彼らを産み育てることを決意した。
一度の出産で三つの宝物を得た。長男の安藤勇、次男の安藤光は、どちらもりりしい男の子だった。
三女は安藤絵里。
絵里は生まれた時から二人の兄よりもずっと小さく、わずか三キロ強しかなかった。
彼女を育てるのは本当に大変だった。小さい頃から抱いていないと眠れず、一度下ろすと泣き出し、病気にもなりやすかった。
前回のように靴も履かずに飛び出すようなことが何度もあり、そのたびに彼女は死ぬほど怖い思いをした。
今、まだ少し赤ちゃんの面影を残していた絵里の顔は、さらに一回り小さくなり、より華奢に見えた。
彼女はバービー人形を抱きながら、甘えた声で言った。「ママ、もう病気治ったから、苦いお薬飲まなくていいの？」
安藤美咲は微笑み、彼女のくるくるとした金色の髪を優しく撫でた。
「そうよ、もう病気は全部良くなったわ。でもこれからはあまり甘いものを食べ過ぎないようにね。また病気になっちゃうから」
二人の息子は学校に行っていて、絵里は家にいるため、彼女は今面接に行くことができなかった。
今回の医療費で40万円以上かかり、カードにはもうあまりお金が残っていない。早く新しいアルバイトを見つけて、もっとお金を稼がなければならなかった。
実はカードにはまだ1000万円あったが、誰が振り込んだのかわからないため、彼女は絶対に使うつもりはなかった。
彼女はこのお金がおじいさんから送られたものだと思っていた。
あの時の出来事で、自分の不甲斐なさでおじいさんに恥をかかせてしまったと分かっていた。だから彼女は顔を合わせる勇気も、彼のお金を使う勇気もなかった。
安藤美咲はベランダに洗濯物を取りに行き、クローゼットにしまう時に高価なコートを見つけた。
数日前にクリーニングに出し、今日返しに行くつもりだった。
あの日病院で、コートを渡してくれた男性がどこかで見たことある顔だと思ったが、誰なのか思い出せなかった。
後になって、経済誌でニュースを見た時に、あの男性がA市最大の名家、高橋家の当主——高橋裕也だと気づいた。
彼女は高橋裕也の秘書の電話番号を調べ、かけた。
相手はすぐに出た。
「吉田秘書でしょうか？」
吉田良一は返事をした。「はい、どちら様ですか？」
「安藤美咲と申します。先日、高橋社長にコートをお借りしたので、お返ししたいのですが、今日はお時間ありますか？」
吉田良一は個室内の男性を見て、レストランの住所を彼女に送った。
「こちらにいらしてください。高橋社長はここで食事をしています」
吉田良一は特に深く考えなかった。高橋社長のそばには女性がいたことがないので、電話をかけてきたのは高橋社長の友人かもしれないと思った。
安藤美咲は電話を切り、絵里に言った。
「ねえ、ママとある場所に行って、そこで夕食を食べない？」
絵里は数日間家にこもっていたので、すっかり退屈していた。
彼女は喜んで飛び跳ねた。「やったぁ！」
絵里はぱちくりと大きな瞳を輝かせた。彼女は安藤美咲のミニチュア版で、とても可愛らしく、誰からも愛される存在だった。
彼女の声も甘く、彼女の嬉しそうな歓声を聞くたびに、安藤美咲の心は溶けるようだった。
家政婦の佐藤さんに兄たちを迎えに行ってもらうよう頼み、安藤美咲は絵里を連れて出かけた。
中古の夏利に乗って、安藤美咲は家庭料理店へ向かった。
絵里の手を引いてレストランに入ると、絵里はとても興奮していた。
「わぁ、ここのご飯美味しそう！勇兄さんと光兄さん、それに佐藤さんにもお持ち帰りしなきゃ」
絵里は小さな食いしん坊で、細くて小さな体なのに、二人の兄よりも食欲旺盛だったが、なぜか太らなかった。
「いいわよ、あなたが注文して。ママはコートを返してくるね」
安藤美咲は窓際の席を選び、バッグを置いてから近くの個室に向かった。
突然、見覚えのある姿が目に入った。安藤花子だった。
六年ぶりに見る彼女は大きく変わっていた。
整形したのだろう。以前より美しくなっていたが、明らかにインスタグラマーのような顔立ちになっていた。
彼女を見た瞬間、安藤美咲の心に深く埋もれていた憎しみが一気に湧き上がった。
この女とその母親こそが、彼女の人生を台無しにした張本人だ！
安藤花子が101号室に入るのを見て、安藤美咲はその後を追い、ドアの前にいた人に尋ねた。「吉田さんですか？」
先ほど吉田良一に到着の連絡をしたところ、入り口で待っていると言われていた。
吉田良一は目の前の女性を見て、目に驚きの色が浮かんだ。
彼女はとても美しく、黒いコートに黒いスキニーパンツを履き、その脚は細く長かった。
その美しい顔立ちと魅惑的な体つきは、完璧な美人だった。
「はい、安藤さんですね？」
安藤美咲は小さく頷き、尋ねた。
「今入って行った方は、社長のどういう方なんですか？」
吉田良一は笑って答えた。「彼女は高橋社長の婚約者です」
その言葉を聞いた瞬間、安藤美咲の表情が一変した……