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第1章

「薄田蒼!手を離して!」

柔らかいベッドの上で、薄い絹のシャツ一枚を着た篠原心海は顔を赤らめ、身体をよじらせながら、後ろから彼女をきつく抱きしめる男から逃れようとしていた。

薄田蒼は低く唸り、呼吸も荒くなり、熱い体をさらに篠原心海に密着させた。

「大人しくしろ、動くな」

腰の後ろに何か硬いものが押し当てられているのを感じ、篠原心海の動きが凍りついた。目を真っ赤にし、声も恐怖で震えていた。「あ、あなた、自制して、わたし、したくない……」

薄田蒼の動きが一瞬遅くなった。「したくない?」

次の瞬間、薄田蒼は身を起こし、彼女を押さえつけた。清らかな月明かりが彼の顔に当たり、人間離れした美しさと妖艶さを浮かび上がらせていた。

彼の瞳は真っ赤で、以前のような冷静さはなかった。「したくないのに俺にスープを飲ませたのか?」

篠原心海は両手を頭の上で掴まれ、身動きができなかった。「どんなスープ……」

言葉が終わるや否や、彼女は思い出した。寝る前に、薄田蒼の母親が確かに彼にスープを一杯持ってきていた。薄田蒼は飲みたがらなかったが、彼女は飛び出して薄田蒼の冷たさを非難し、そのスープを一滴残らず飲み干すよう主張したのだった。

今となっては、そのスープには間違いなく問題があったようだ。

篠原心海は泣きたい気持ちだった。「そのスープに問題があるなんて知らなかったわ。知っていたら飲ませなかったわよ」

薄田蒼は薄い唇を上げ、嘲るような弧を描いた。「知らなかった?こういうことはお前のお得意だと思ったがな」

反論しようとした篠原心海は黙り込んだ。あの時の出来事は確かに彼女の非だった。しかし当時の彼女には苦しい事情があった。結婚して三年、薄田蒼はいつもあの夜のことを持ち出し、彼女がどう説明しても一言も返さなかった。

却下された離婚協議書を思い出し、篠原心海は振り返った。「そんなにこだわるなら、離婚すればいいじゃない」

笑い話を見るように軽く笑っていた薄田蒼の顔が暗くなった。「離婚?そしてお前を昔の恋人のところへ行かせるとでも?」

引けを取らない篠原心海は反撃した。「あなただって昔の恋人のためじゃない?」

三年前、彼女は特別な手段で薄田蒼との結婚を強いた。新婚の夜、薄田蒼は彼女に離婚協議書を投げつけた。そこには明確に、二人は契約結婚で、三年後に自動的に婚姻関係が解消されると書かれていた。

篠原心海は十分承知していた。その離婚協議書は薄田蒼の愛する人のために用意されたものだった。彼女は海外で研修し、三年後に帰国する予定だった。

しかし当時の篠原心海はまさに窮地に立たされ、この途方もない要求を受け入れたのだった。

ただ、篠原心海が顔を上げると、なめらかな肌が月明かりの下でかすかに光り、潤んだ目には無邪気さと狡猾さが宿っていた。薄田蒼は喉が引き締まり、すでに硬くなっていた器官がさらに切迫した。

次の瞬間、篠原心海の言葉は彼の頭上に冷水を浴びせたようだった。「若野唯は戻ってきたじゃない。なぜわたしと離婚しないの?」

薄田蒼の表情は非常に険しくなり、先ほどまで意気揚々としていた器官もすっかり元気をなくした。彼は手を伸ばして篠原心海のあごを掴んだ。「唯とは関係ない。なぜいつも彼女を引き合いに出す」

篠原心海が言い返そうとした瞬間、薄田蒼の携帯が鳴った。

この着信音は、若野唯専用のものだった。

篠原心海は皮肉っぽく唇を曲げた。次の瞬間、彼女をしっかりと拘束していた薄田蒼が彼女の上から滑り落ち、電話に出た。

先ほどまで彼を避けていた篠原心海が突然手を伸ばし、白い細い手で彼の秘部を強く揉みしだいた。彼が見下ろすと、彼女は舌で暗示的に唇を舐めた。

薄田蒼の体は一瞬で緊張し、篠原心海の手を掴み返した。その力は彼女を砕いてしまいそうなほど強く、いつもは落ち着き払った黒い瞳は渦巻きのようで、人を吸い込みそうだった。

電話の向こうの人が話し終えても薄田蒼から返事がなかったため、不安げに続けた。「薄田社長、唯はダンサーですから……」

言葉が終わる前に、篠原心海が二声嬌声を上げ、息も絶え絶えに長く引き伸ばした声で言った。「ゆっくり…痛いわ…」

この時間に、このような艶めかしい声でこんな奇妙なことを言えば、電話の両端にいる人々は驚くしかなかった。

薄田蒼が先に我に返り、篠原心海を放し、服を着て外に向かった。「彼女を見ていてくれ、すぐに行く」

篠原心海はしわくちゃになったシャツを着たまま、落ち着いてベッドに座り、妻らしさは微塵も見せず、むしろ気ままに手を振った。「離婚協議書にサインするの忘れないでね」

どうせ薄田蒼の心は彼女にはなく、彼女がどれだけ引き止めても薄田蒼は残らないだろう。若野唯をいじめるだけで十分だった。

出かけようとした薄田蒼の姿が一瞬止まり、陰鬱な目で彼女を見たが、何も言わずに出て行った。

一晩ぐっすり眠った。翌朝、篠原心海は元気いっぱいに目を覚ましたが、すべての良い気分はメッセージを見た瞬間に消え去った。

「申し訳ございません篠原さん、ご予約いただいた限定バッグは薄田社長の使いの方にお渡ししました。彼は当店のスーパーVIPで、彼のご要望は最優先となります」

メッセージの最後には写真が一枚あり、バッグを持っている人物は紛れもなく若野唯だった。

篠原心海は目を細めた。この若野唯、昨晩は彼女の法的な夫を奪い、今日は彼女のバッグを奪う。忍びがたきは忍ぶべからず。

彼女は店員に素早くメッセージを送り、若野唯を引き止めるよう頼んだ。

15分後、篠原心海は店に到着した。若野唯はゆったりとバッグを眺めていた。篠原心海が来るのを見て、彼女はまったく驚かなかった。「あれれ、来たの。さっき店員さんがこのバッグは予約済みだって言ったから、あなただと思ったわ。だって、世界中の女性の中で、私たち二人だけが同じ目を持ってるんだもの」

本当に世も末だ、浮気相手が堂々と正妻に挑戦してくるなんて。

彼女は無駄口を叩かず、顎を上げた。「わたしは若野さんみたいな浮気相手になる趣味はないわ。真夜中に人の夫を呼び出して、バッグ一つ買えないから人のものを奪うなんて」

篠原心海がこれほど口が達者だとは思わず、若野唯はバッグを持つ手に力が入り、白くなった。彼女の顔の自慢げな表情がやや崩れた。「蒼が好きなのは私よ。彼が全部教えてくれたわ。あなたとは契約結婚で、あなたこそが浮気相手なのよ」

薄田蒼がこんなことまで若野唯に話していたとは思いもよらず、もう心が痛みで麻痺していると思っていた篠原心海でも、心の先端がわずかに震え、酸っぱさが込み上げてきた。

薄田蒼はそれほど若野唯を愛しているのに、なぜ自分に手を出し、今になっても離婚を渋るのだろうか?

彼女は勇気を振り絞った。「昔は昔、今はわたしが薄田蒼の法定の妻よ。彼の財産の半分はわたしのもの。このバッグがほしいなら、お金の半分をわたしに渡してちょうだい。彼はあなたにお金を要求しないでしょうが、わたしの半分はあなたが返さなきゃいけないわ」

若野唯の表情が一瞬緩み、すぐに可哀想だがしっかりとした強い表情を浮かべ、篠原心海の背後を見て優しく呼びかけた。「蒼……来たのね……」

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