




第9章
青木琛は人混みを抜けていく葉山萌香の姿を目で追った。
迷いのない足取りで、明確な目的地へと向かっているようだった。
彼女の進む方向に目を向けると——
デッキの端には、クラシック楽団が配置されていた。
「あれは、東科の社長の青村華じゃないか?」青木琛はあちらの方を顎でしゃくった。
高橋司は一瞥しただけで、特に驚いた様子も見せなかった。
青木琛は少し考え込んでから、目を丸くして声を上げた。
「あっ!!お前、このパーティーには来ないって言ってたのに、急に来たのは...青村華が来るって知ってたんだな!葉山秘書の持ってるプロジェクトのために会いに来たんだろ?」
高橋司は彼を見つめ、その視線は真夏でも凍えそうなほど冷たかった。
「捨てられた身代わりごときが、何を」
「......」
「パーティーに来たのは、月子が来たがったからだ......」高橋司は付け加えた。
青木琛は気まずそうに笑った。
普段から寡黙な高橋司が、言い訳めいた言葉を重ねれば重ねるほど、後ろめたさが透けて見えた。
それを口にした後、高橋司自身も自分の様子がいつもと違うことに気付いたようで、
顔に苛立ちを滲ませた。
*
葉山萌香は小さくため息をつき、今夜の目標を見つけることができた。だが、青村華を見つけることは簡単でも、近づくのは難しいことに気付いた。
青村華まであと数歩というところで、ボディーガードに遮られた。
「お嬢様、あちらには近づけません」
「青村様にお会いしたいのですが」葉山萌香は言った。
ボディーガードは無表情のまま、「本日、青村様は業務を行っておりません。用件がございましたら、秘書を通してアポイントをお取りください」
「......」
おそらくこちらの物音を聞きつけたのか、青村華がこちらを一瞥した。
葉山萌香を見た瞬間、眉をしかめ、嫌悪感を露わにした。
青村華は元々技術者で、人格者として知られ、奥様との仲も非常に良かった。二年前、奥様が他界した際には深い悲しみに暮れ、半年ほど入院していたほどだった。
女性関係には無頓着で、むしろ近づこうとする女性たちを嫌っていた。
側近と言葉を交わし、宴会ホールの中へと歩き出した。
傍らに展示されているハープの前を通りがかった時、青村華が残念そうに側近に漏らす声が聞こえた。
「このハープ、主催者が演奏者を呼んでいないのは、もったいないな」
ハープ?
葉山萌香の視線は、その金色のハープに留まった。
葉山萌香の祖母は、かつてハープ奏者だった。
幼い頃から祖母に習い、祖母に会いに行くたびに、必ず演奏を聴かせていた。
青村華が去り、ボディーガードも後に続いたため、もはや葉山萌香を遮る者はいなかった。
葉山萌香は少し考えてから、真っ直ぐハープの前に進み、腰を下ろした。
深く息を吸い、繊細な指先で弦を優しく弾いた。
美しい音色が、その場に広がった。
葉山萌香は目を伏せ、筋肉の記憶に任せて、優雅な旋律を奏でた。
周囲の人々は音色に惹かれ、次々と集まってきた。
母親と客人との退屈な商談に付き合っていた鈴木悟は、背後に流れる優美な音楽に振り返った。
次の瞬間、生気のない瞳が一瞬にして輝きを帯びた。
柔らかな光に包まれた葉山萌香は、真摯で敬虔な表情を浮かべ、その姿は神聖で侵すべからざるものに見えた。
宴会ホールに入ろうとしていた青村華の足も止まり、急いで引き返してきた。
青村華は彼女を見つめ、四十年前、最愛の人と出会った午後を思い出しているかのようだった。
「葉山秘書、こんな特技があったんですね」青木琛は高橋司に向かって言った。
実は高橋司も、葉山萌香がハープを弾けることを知らなかった。
それは高橋司に、葉山萌香が見知らぬ人のように、そして遠い存在のように感じさせた。まるで五年間自分の傍にいた人とは別人のようだった。
欺かれていたという思いが、高橋司の心の闇をさらに深くした。
一曲が終わり、短い静寂の後、周囲から拍手が沸き起こった。
葉山萌香は小さくため息をつき、優雅に立ち上がって、上品にお辞儀をした。
視界の端で、青村華が近づいてくるのが見えた。
しかしその時......
「お嬢様、ご招待状を拝見させていただけますでしょうか?」クルーズ船のスタッフ二人が前に出てきた。
葉山萌香は呆れた。パーティーの最中に招待状を確認するなんて。