




第6章
白石月子は眉をひそめた。
葉山萌香のことを、まだ信じられない様子で見つめていた。
しばらく考えた後、彼女はようやく口を開いた。
「言った通りにしないと、後悔することになるわよ」
葉山萌香はコーヒーを入れ終わると、白石月子の前に差し出しながら言った。
「白石さん、私からも警告させていただきますが、これからは司お兄さまの機嫌を取ることに専念なさって、私に近づかないでください。さもないと、後悔することになりますよ」
白石月子は不思議と背筋が寒くなった。
あの子は性格が柔らかくて扱いやすいと聞いていたのに、一体どうしたというの。
「葉山秘書、営業一部のリーダーが秘書室でお待ちです」
葉山萌香は指先で軽くテーブルを叩いた。「何をぼんやりしているの。早く高橋社長にコーヒーを持っていきなさい」
そう言うと、そのまま給湯室を出て行った。
「葉山秘書!」
葉山萌香が秘書室の入り口に着くと、
営業部のリーダー浅木隼人が駆け寄ってきた。
「こんな大きなミスを出すなんて、辞めるつもりだったからですね!もし私たちが先方とプランの打ち合わせを予定していなかったら、発覚した時にはもう辞表を出して逃げ出していたでしょう!競合他社から金をもらって、わざと契約書に細工をして、この案件を台無しにしようとしたんじゃないですか!」
先日、葉山萌香は彼と仕事で関わっていた。彼が短気で率直な性格だということは知っていた。
葉山萌香はまず彼を落ち着かせ、問題を説明してもらうと、東科電子の契約書のデータに問題があることが分かった。
浅木隼人は書類の束を葉山萌香の前に投げつけた。
書類には、問題のある箇所が赤ペンで丸く囲まれていた。
注意深く確認しなければ気づかないようなもので、小数点が二箇所ずれていた。
「私の手を離れた時には、こうではありませんでした」葉山萌香は確信を持って言った。
「ふざけるな!」浅木隼人は声を張り上げた。
「営業部が大きな歩合給を放っておいて、わざわざ葉山秘書を陥れるわけがないでしょう?」
浅木隼人は言い終わると、激しく机を叩いた。
「何の騒ぎだ?」
その時、高橋司が執務室から出てきた。
「高橋社長!」
浅木隼人は急いで近寄り、胸を叩きながら事の顛末を再び説明した。
高橋司の後ろに立っていた白石月子は驚いた表情を浮かべた。
「浅木部長、萌香姉さんはきっと一時の不注意だと思います。どうかお怒りを鎮めてください。この案件を失っても次がありますから、お体を壊されては元も子もありません」
葉山萌香は白石月子を見つめ、凍りつくような冷たい表情を浮かべた。
先ほどの警告が無駄だったようだ。
「白石秘書、誰に罪を着せているの?」葉山萌香は厳しい口調で問いただした。
「萌香姉さん、誤解です、私は...司お兄さま!」
高橋司は深い眼差しで葉山萌香を見つめた。
五年間もウサギを演じていた狐が、ついに正体を現したというわけか。
「大丈夫だ」高橋司は淡々と、まるで白石月子をなだめるかのように言った。
白石月子は辛そうに俯き、葉山萌香を怖がっているような素振りを見せた。
「葉山萌香、彼女には君を断罪する資格はないかもしれないが、私にはあるだろう?」高橋司の声は氷のように冷たかった。
葉山萌香は一瞬固まり、突然目頭が熱くなった。
高橋司は...彼女を信じていなかった。
高橋司は書類の中から数枚のデータシートを取り出し、葉山萌香の前に差し出した。「たとえデータが誰かに細工されたとしても、この署名は君のものだな?」
「はい」葉山萌香は応えた。
「なら、君には逃れられない責任がある」高橋司は葉山萌香の罪を確定付けた。「三日間の猶予を与える。この件を処理しろ。さもなければ、会社は手順通り警察に通報することになる」
葉山萌香は彼を一瞥し、すぐに心に湧き上がった苦しみを押し殺した。
高橋司はもともと意趣返しを必ずする人間で、誰にも逆らわれることを許さない。
彼女が自ら去ることを申し出て、彼の引き留めを強く拒否したのだ。
しかし、これは彼女がやったことではない。絶対に濡れ衣を着るつもりはなかった。
「かしこまりました」葉山萌香は少しも怯むことなく答えた。
高橋司の瞳が突然暗くなった。
彼女のそんな強情で怯まない様子に、なぜか苛立ちを覚えた。
彼は何も言わず、執務室へと戻って行った。
白石月子は葉山萌香を一瞥し、勝ち誇ったような態度で、彼の後に続いて執務室に入っていった。