




第5章
葉山萌香はお墓参りを済ませた。
もう他に行くところもなかった。
その時、LINEにメッセージが届いた。
村上秘書「葉山秘書!高橋社長が朝からずっと機嫌が悪くて...早く戻ってきて助けてください!」
葉山萌香は一瞬黙り込んで考えた。引き継ぎを早く終わらせて、早く離れた方がいい。
でも、子供のことは絶対に高橋司に知られてはいけない。
だから、仕事の引き継ぎを早く済ませて、インベを去って高橋司から遠ざかるのが一番安全だ。
葉山萌香はそれ以上留まらず、H市に急いで戻った。
翌朝。
葉山萌香が会社に着くと、人事部の人々が親切そうに彼女を取り囲んだ。
「葉山秘書、なんで辞めちゃうんですか?いなくなったら私たち、どうすればいいんですか!」
「そうですよ!高橋社長の怒りって怖いんです。昨日なんて、大きく息もできませんでしたよ!」
「うぅ...葉山秘書、行かないで!いなくなったら生きていけません!」
その時、社長専用エレベーターのランプが点灯した。
文句を言っていた人々は素早く、厳かに、整然とエレベーター前に並んだ。
黒の高級スーツに身を包んだ高橋司が、白石月子を従えて出てきた。
「おはようございます、社長」
全員が揃って挨拶した。一番後ろに立つ葉山萌香も。
葉山萌香はいつも通りの職業的な装いで、表情は穏やかに、柔らかな長い髪を肩に垂らしていた。
高橋司は彼女の前で立ち止まった。
「新しい秘書の白石月子だ」感情を込めない声で高橋司は言った。「しっかり教えろ」
葉山萌香は顔を上げ、白石月子を見た。白石秋子によく似ている。
「かしこまりました、社長」葉山萌香は視線を戻し、頷いた。
「萌香お姉さま、白石月子と申します、よろしくお願いします。早く覚えられるよう頑張りますわ!」白石月子は甘ったるく言った。
「どういたしまして」
葉山萌香の態度は終始礼儀正しく、程よい距離感を保っていた。
高橋司は目を細めて見つめた。彼女の態度からは不満や嫉妬の欠片も見えない。
気にしていない、だから嫉妬もしない......
この考えが突然、高橋司の心に浮かんだ。
イライラが込み上げてきた。
「コーヒー」
高橋司はその一言を残し、顔を曇らせて執務室に入った。
しばらくして、給湯室にて。
「白石さん、社長はコーヒーの味にうるさいので......」
「萌香お姉さま、もう司お兄様の前に姿を見せないでくださいな。萌香さんを見るたびに気分を悪くされるんですもの。今は私の男なんです。司お兄様が不機嫌になると、私、心が痛むんですわ〜」
葉山萌香の言葉を遮って。
白石月子は腕を組み、威張った様子で葉山萌香を見つめた。
まるで正妻然とした態度だった。
「白石さん、私はもう辞表を出しています。アドバイスですが、真剣に早く覚えた方がいいですよ」葉山萌香はコーヒー豆を挽きながら、ゆっくりと言った。
白石月子は葉山萌香を怒らせたくて仕方がなかった。できれば彼女を怒らせて、司お兄さんがもっと彼女を嫌いになり、逆に自分を気にかけてくれることを期待していた。
しかし、葉山萌香は全く気にしていない様子だった。
白石月子は歯を食いしばった。
実際、彼女は数ヶ月前に高橋司の元に送られた。だが、この葉山萌香が彼女の道を阻んでいる。明らかに彼女の方が白石秋子に似ているのに、彼は葉山萌香を選び、彼女を冷遇していた。
時々彼女の顔をじっと見つめることはあったが、普段はいい顔を見せることもなかった。
ましてや触れることなんて。
白石月子は恨めしそうに葉山萌香を一瞥した。
「何が得意なの?ただの司お兄さんに飽きられた、捨てられたでしょ」と白石月子は嘲笑し、目を翻した。
葉山萌香は白石月子を見上げ、「白石さん、今日は初めて会ったんですよね?私のことが嫌いですか?」と尋ねた。
白石月子は一瞬驚き、条件反射的に反論した。「そんなことない!」
「もしかして、まだ高橋司のベッドに上がれてないから?」葉山萌香は冗談交じりに言った。
「何を言ってるの!」白石月子は痛いところを突かれ、すぐに反論した。
「秘書室の机の上には、二冊の仕事のノートがあります。一冊は高橋司の秘書マニュアル、もう一冊は高橋司の恋人マニュアルで、彼の好みが全部書いてあります。」
「どういう意味?」白石月子は疑いの表情を浮かべた。
彼女は葉山萌香がそんな親切をするとは思っていなかった。
「仕事の引き継ぎですよ」と葉山萌香は笑顔で返した。
「白石さん、私が高橋司にそれほどこだわっているわけではありません。ただの仕事です。仕事に対しては、私はいつもプロフェッショナルです。あなたに引き継ぐべきことは一つも漏れませんが、あなたがどれだけ学べるか、そして高橋司を喜ばせられるかは、あなた自身の腕次第です。」