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第4章

葉山秘書の退職の件は、誰かの口から広まってしまった。

周知の通り、扱いづらい高橋社長に対応できるのは、葉山秘書だけだった。

皆が憶測を巡らせている中、翌朝早々、葉山秘書の後任として白石月子が着任し、村上秘書は彼女を直接葉山秘書のオフィスへ案内した。

驚きの中、さらに騒ぎとなったのは、この新しい秘書の容姿が葉山秘書とよく似ていることだった。

もともと会社中が社長と葉山秘書の関係について噂していたのに、葉山秘書が退職し、そっくりな人が来たとなれば、噂話は更に膨らみ、様々な憶測が飛び交った。

高橋司は出社後すぐに海外プロジェクト部との会議に向かった。

会議が終わる頃には、昼になっていた。

社長室に戻ったばかりの彼のもとへ、白石月子が しょんぼり と入ってきた。

「司お兄さん、私が葉山秘書の席を奪っちゃったから、怒ってて教えてくれないのかな?」

高橋司は眉をひそめ、村上秘書を見た。「葉山萌香はどこだ?」

村上秘書は一瞬戸惑い、白石月子を横目で見た。

「高橋社長、葉山秘書は家庭の事情で休暇を取って帰られました」村上秘書は慌てて説明した。「申し訳ありません。朝は会議の準備に追われて、ご報告を失念してしまいました」

「家庭の事情?そんなに急いで、司お兄さんにも言えないほど深刻なことなのかしら?」白石月子は兎のような心配そうな表情を浮かべた。

高橋司は無意識に机に向かい、書類を開きながら彼女から距離を置いた。「彼女が不在なら、一旦戻れ。戻ってきたら、また来い」

白石月子は空気を読むのが上手く、高橋司の機嫌が悪いのを察した。

甘えた声を二声出したきり、これ以上は留まらず、

社長室を出た。

秘書室を一瞥すると、一瞬で表情が暗くなり、歯ぎしりした。

葉山萌香、覚えておきなさい!わざと足を引っ張るなんて!

急用だなんて、明らかに私に目付けをしているだけじゃない!

葉山萌香、あなたが先に仕掛けてきたのよ。今日のことは、終わらないわ!

「高橋社長、午後三時に立峰建設の竹内社長とゴルフの予定が...」村上秘書はいつも通り高橋司のスケジュールを報告した。

その時。

高橋司は淹れたてのコーヒーを一口飲んだ後、表情が目に見えて険しく恐ろしいものになった。

「葉山萌香に電話しろ。すぐに戻って来て引き継ぎをするように」

社長室の他の奴らは使えない。コーヒーひとつまともに淹れられん!

「かしこまりました!」村上秘書はすぐに携帯を取り出した。

高橋司は眉を上げて一瞥した。

心の中でさらに煩わしくなった。

葉山萌香が帰ったのは、おそらく祖母の容態が悪化したからだろう。半年ほど帰っていなかったはずだ。

「やはりいい」高橋司はイライラとコーヒーを押しやり、書類を手に取って、険しい顔で読み始めた。

村上秘書は携帯を握ったまま、息を潜めていた。

R市では、しとしとと雨が降っていた。

葉山萌香はバラの花束と紫のデイジーの花束、上等な酒を二本買い、タクシーを拾って西山墓地へ向かった。

管理人は遠くから葉山萌香を見つけると、傘を差して駆け寄ってきた。

「萌香ちゃん、まだ日が来てないのに、どうしたの?」

「ちょっと会いに来ただけです」葉山萌香は礼儀正しく答えた。

少し言葉を交わした後。

管理人に酒を一本渡した。

傘を差して、一人で墓地の奥へと歩いていった。

管理人は酒を手に、哀れみの目でその細い背中を見送った。

「どうしたの?親戚?」隣で掃除をしていたお姉さんが寄ってきて尋ねた。

管理人は首を振り、ため息をついた。

「可哀想な子だよ。五歳の時に母親を、十歳くらいの時に祖父を、半年前には祖母をここに送ってきた。お婆さんを埋葬した日なんか、一日中何も口にせず、一人であそこに跪いていたんだ」

葉山萌香は慣れた様子で墓石を見つけた。

祖父母は一緒に、母は隣に。

バラは祖父母に。祖父は生前、毎日祖母にバラを一輪買っていた。

紫のデイジーは母の好きな花。

最後に祖父に上等な酒を注いだ。

「おばあちゃん、おじいちゃん、お母さん、今日は皆に話があって来ました」

「私、妊娠しました」

「本当なら、産むべきじゃないんです」

「でも皆いなくなって......この世界に、私には家族が誰もいない。この子は、私にとって唯一の血のつながった存在なんです」

葉山萌香は深く息を吸い、大きな決心をしたかのように続けた。

「医者からは妊娠は難しいと言われていたんです。だから...この子を産むことに決めました!」

少し間を置いて、葉山萌香は笑顔で言った。

「天国で見守っていてください。この子が健康に生まれ育ちますように!」

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