




第6章 私はあなたの夫です
区役所から会社に戻った塚本恭平は、すぐに仕事に没頭した。元々は会議の合間を縫って婚姻届を出しに行っただけのことだった。
会社に着くなり会議を開いたものの、未曾有なことに、社員たちの業務報告を一言も耳に入れることができなかった。
頭の中はあの女性と彼女の口にした佐々木隊長のことばかり。詐欺集団が自分をターゲットにしたということか。計画的なのか、それとも思いつきなのか。
腕時計を見ると、会議は既に一時間が経過していた。アシスタントの滝谷慎吾の調査も、そろそろ結果が出ているはずだ。
あの藤原という女性の素性が気になって仕方がなかった。
社長の心ここにあらずの様子は、誰の目にも明らかだった。
しかし、普段から厳格な人物で、今日は終始険しい表情を浮かべていたため、誰も何も聞けず、会議が終わるや否や一目散に逃げ出した。
「塚本社長、調査結果でございます」
アシスタントは会議終了後すぐに、一束の書類を差し出した。
塚本恭平は書類を開き、女性の写真を見ながら眉をひそめた。
「本当に警察官だったのか……」
塚本グループの当主である塚本恭平は、幼い頃から最も厳格な方針で育てられてきた。
彼自身も塚本家のために一生を捧げることを決意しており、それは結婚も感情も含めてのことだった。
結婚する気もなければ、自分の生活に女性が入り込む必要もないと考えていた。
将来は弟妹の子供たちの中から適任者を後継者として選ぶつもりだった。
母親が死を以て迫らなければ、決して妥協することはなく、今日のような事態にもならなかったはずだ。
「直接彼女と連絡を取って、面会の約束を取り付けてください」
アシスタントが藤原真央に連絡しようとした矢先、塚本恭平は考えを改めた。
「私から連絡する。下がっていい」
アシスタントに私事を任せれば、自分の裕福な身分が露見してしまう。
以前、母親との約束で竹下悦子と入籍する際も、塚本お母さんには自分の本当の身分を明かさないよう言っていた。
ただの喫茶店のマスターで、家と車を一台持っている程度の、普通の暮らしをしている人間だと伝えただけだった。
用心に越したことはない。相手が自分の本当の身分を知れば、法外な慰謝料を要求してくるに違いない。
携帯を取り出し、彼女が残した番号に電話をかけた。
「……」
数回のコールで切られてしまった。
塚本恭平は一瞬驚いた。自分の電話を切る者などいなかったというのに。なかなかやるじゃないか。
やはり考えすぎだったのかもしれない。この女は間違いなく金目当てで、離婚する気などないのだろう。
もう一度かけ直すと、また切られた。さらにかけ直す。
「警察官に迷惑電話をかけるのは賢明じゃないと思いますけど」
相手の女性の声には明らかな苛立ちが含まれていた。
「離婚の件を忘れたわけじゃないでしょうね」
塚本恭平は歯ぎしりしながら言った。
この女性は本当に腹立たしい。自分を迷惑電話の相手だと思っているなんて。
藤原真央は山積みの資料に頭を抱えていた。
任務完了後、部署に戻って待機しながら、指示通り古い資料の整理をしていた。
刑事科の資料は膨大で雑多で、分類だけでも午後いっぱいかかっていた。
忙しさのあまり、昼間に塚本恭平と入籍したことも、今は夫がいることも忘れていた。
「申し訳ありません。本当に忙しくて忘れていました」
藤原真央は申し訳なさそうに謝罪した。
「今晩会って、きちんと話し合いましょう」
塚本恭平は怒りを抑えて、なんとか平静を偽って言った。
その時、藤原真央の元に佐々木隊長からの電話が入り、彼女は急いで言った。
「分かりました。場所と時間はメールします」
そう言うや否や電話を切った。
受話器から響く切断音を聞きながら、塚本恭平は携帯を握る右手に更に力を込めた。
なかなかやるじゃないか。