




第2章 証明書を取得
彼女は話しながら、遠くにいるスキンヘッドの男を横目で見ていた。
佐々木隊長から外勤の任務を受けた。容疑者が今日、妻と離婚手続きをする予定で、隊長は彼がその機会に共犯者と接触するのではないかと疑っていた。そのため、藤原真央は男性の同僚と偽装カップルとして婚姻届を出し、容疑者を監視することになった。
ところが、偽装結婚を済ませたばかりなのに、パートナーが足を引っ張り始めた。
容疑者に気付かれないよう、恥ずかしさを押し殺して、真央は男の腕にしがみついた。
同時に、彼の耳元で小声で囁いた。
「容疑者がすぐそばにいるんです。今日の任務が失敗したら、佐々木隊長に殺されちゃいますよ」
塚本恭平は女の腕を毒を含んだような目つきで見つめ、振り払おうとしたが、女の力が驚くほど強いことに気付いた。
「どんな目的があろうと、今日この結婚は解消する」
塚本恭平は歯を食いしばるように言った。この女が自分の金目当てで来たことは明らかだった。
塚本グループの社長の妻になれると思っているのか?
母親に強要されて入籍に来ただけなのに。
おまけに人違いまでしている。
これが広まったら笑い者だ。
チリンチリンと、真央の携帯電話にメッセージ着信音が鳴った。佐々木隊長専用の着信音だ。
「協力警官の村川健一が待機完了。直ちに区役所入口で合流せよ」
村川健一?同僚は塚本恭平じゃなかったのか?なぜ村川健一になっている?
真央は一瞬頭が混乱した。
もう一度小声で尋ねた。
「あの、佐々木隊長から来られたんですよね?」
塚本恭平は眉をひそめた。
佐々木隊長?誰?
この件を企んだ黒幕か?
どこから情報を得たのか知らないが、わざわざこの女を寄越してくるとは。
「任務で来たんじゃないのか?」
真央は男の表情を見て、最後の決定的な質問をした。
塚本恭平は我慢の限界を感じながら、目の前の女がまだ芝居を続けていることに呆れた。
「警察の任務だなんて言わないでくれ」
彼は目を細め、冷たい視線を向けながら真央を上から下まで見渡して、続けた。
「お前みたいなのが警察になれるわけないだろう。自分のパートナーも分からない、何もかもがちぐはぐ、訳の分からないヤツだ」
ここまで来て、真央はようやく全てを理解した。これは完全な勘違いだったのだ。
焦りすぎて、初めての任務で緊張しすぎて、人違いをしてしまったのだ。
幸い、この騒動は広がらず、容疑者はすでに立ち去ろうとしていた。
真央は男の腕を放し、隅に隠れて佐々木隊長に電話を返した。
スキンヘッドの男が去っていくのを見て、やっと安堵のため息をついた。今日の任務は台無しにならなくて良かった。
塚本恭平は傍らで女の慌ただしい様子を見ながら、自分の推測は間違いないと確信した。
この女の背後にはきっと詐欺グループがいる。
今は計画が露見して、何とか取り繕おうとしているのだ。
こういう陰謀は、長年のビジネス界で数え切れないほど見てきた。
しかし次の瞬間、真央も結婚証明書を持って窓口に叩きつけた。
「すみません、離婚したいんですけど」
なるほど...
これは相手の駆け引きの作戦か。
塚本恭平は冷ややかな目で見つめながら、自分も結婚証明書を差し出した。
「私も離婚する」
係員は呆れたように二人を見た。
「お二人とも冗談でしょう?結婚したばかりで離婚って、ここを遊園地だとでも思ってるんですか?」
真央は仕方なく結婚証明書を持って区役所を後にした。彼女はその男に電話番号を渡し、一ヶ月後に離婚することを約束した。
警察官として結婚する際は事前に届け出を出し、所属部署の許可が必要だった。
本来なら無断での結婚は直ちに上司に報告すべきことだった。
でも、一ヶ月後には塚本恭平と離婚するのだから、誰にも気付かれずに済むなら、わざわざ届け出る必要もないだろう。
二つの考えが頭の中で衝突していた。
彼女はまだ警察見習いで、雑用係の部署に所属していたが、幸運にも刑事課の手伝いに抜擢され、このチャンスを大切にしたいと必死だった。
先ほどの任務は上手くいき、佐々木隊長からも特別に褒められたのだ。