第1章 いとこを殴る
「おばさん、泥棒が入ったんです！早く110番を！」
藤原真央は手にしたバットで容赦なく打ちつけ、地面に倒れた男は頭を抱えて悲鳴を上げていた。
「こんな夜中に何の騒ぎだ？」
目を覚まされたおじさんおばさん夫婦が出てくると、バットを振り回して人を殴る藤原真央の姿が目に入った。
おじさんは寝ぼけまなこで、真央の言葉を聞いて無意識に携帯に手を伸ばした。番号を押そうとした瞬間、おばさんにさっと取り上げられてしまう。
おばさんは真央を押しのけ、「泥棒」の肩をつかんで顔を上に向けた。そして、あざだらけになった顔を見た途端、大声で叫び出し、真央の背中を叩き始めた。
「あらまあ、なんてことを！真央や、この馬鹿娘！よりによって従兄にまで手を出すなんて！」
殴られて茫然自失の状態だったその人物こそ、真央の従兄の村井雄一だった。
「雄一！大丈夫か？早く起きなさい、見せて！」
おばさんは心配そうに息子を起こしながら、真央に怒りの眼差しを向けた。
村井雄一はソファーに寝かされ、「イテテ…」と呻き声を上げ続け、しばらくして漸く正気を取り戻した。
先ほどの真央の背負い投げは相当な力で、彼の頭は床に強く打ち付けられ、今でもまだ目が回っていた。
真央は警察官で、今日は刑事課への異動初日だった。残業で帰りが遅くなり、家に着いたときはおばさん一家を起こさないよう、電気をつけなかった。
村井雄一は真央が今日は帰って来ないと思い込み、弟の部屋に忍び込んで彼女が弟に置いていった金を盗もうとしていた。
ところが、金を手に入れて出ようとした瞬間、帰宅したばかりの真央と鉢合わせてしまった。
真央は黒い影を見た瞬間、背負い投げで相手を一気に床に叩きつけた。
すると部屋から豚を絞めるような悲鳴が響き渡った。
「うわああ！！」
この声に見覚えがあった真央は、目に冷たい光を宿らせ、玄関脇に置いてあったバットを手に取り、その人物に向かって振り下ろした。
案の定、それは従兄の村井雄一だった。
村井雄一がソファーでぐったりしている一方で、真央は冷ややかな目でおばさん一家を見つめながら、わざとらしく謝った。
「あら、ごめんなさい。まさか従兄だったなんて。泥棒かと思って…」
彼が確かに物を盗もうとしていたのは分かっていたが、表向きはおばさん一家と揉め事を起こしたくなかった。
「真央や、あんた警察官になったからって調子に乗るんじゃないよ。人を見かけただけで泥棒扱いして、しかも実の従兄にそんな乱暴を！」
真央は申し訳なさそうに笑いながら、こっそりとビニール袋をポケットに押し込んだ。
それは先ほど従兄の村井雄一から取り上げたものだった。
真央が素直に謝る様子を見て、おばさんも二言三言言い終えると、それ以上は追及しなかった。
薬箱からアンメルツを取り出すと、息子の部屋へ向かった。
真央は今、弟と一緒におばさんの家で暮らしている。古い団地の一室だ。
百平米ほどの広さで、寝室は三つしかない。主寝室にはおじさんおばさん夫婦が、二番目の部屋には二つ年上の従兄が、そして最も小さな部屋に真央と弟が住んでいる。
部屋に入ると、弟が心配そうな目で見つめていた。
真央は弟のふわふわした頭を撫でながら、大丈夫だと安心させるように微笑んだ。
弟の隣に座った真央は、昼間起こった出来事を思い返し、徐々に物思いに沈んでいった。
十六時間前......
区役所の窓口。
一人の男が険しい顔で婚姻届を窓口の職員に突きつけた。
「離婚します！」
傍らにいた真央は目を丸くしてその男を見つめ、周囲の視線もその言葉に引き寄せられた。
真央の今日の任務対象も含めて。
「だんな、どうしたんですか？なぜそんなに怒っているんです？」