第3話
ドアをノックする音が聞こえた。「準備できた？ お父さんが下で待ってるわよ」
「うん、ママ。あと1分だけ」私は鏡に映る自分の姿を見つめながら答えた。
「わかったわ、早く来てね」
私は肌に密着した赤い生地の上を手のひらでなでた。滑らかな感触。すべてが完璧だった。ヌードメイク、シンプルにサイドパートした長い髪、スウィートハートネックラインのオフショルダードレスと脇の少し高めのスリット、すべてが整っていた。
「準備できた」私はささやいた。
黒のクラッチバッグを手に取り、もう一度髪をなでつけてから階段を下りていった。
ワーナーがドアのところで私を迎えた。彼は口を開け、薄い青い目で私の体を上から下まで見た。「うわ、すごい！君は...」彼は頭を振った。「言葉が見つからないよ」
私は微笑んだ。「ありがとう。あなたもなかなかいい感じよ」
彼はスリーピーススーツとネクタイが似合っていた。
「行きましょうか？」と私は尋ねた。
「もちろん！今夜は誰もが君から目を離せないだろうね」彼はにやりと笑って腕を差し出し、私はそれに手を添えた。
外に出ると、ママがパパのネクタイを直している姿が見えた。パパは何かつぶやきながら不満そうにしていた。私たちが一緒にいるのを見て、彼の顔は厳しい表情になった。ママが私の外見を褒め、私が彼女に似ていることを誇りに思うと言った後、私たちは全員車に乗り込んだ。
昨夜、時差ぼけを理由に途中で夕食を抜け出した後、気分が良くなったかどうか遠回しに尋ねる彼女の試み。彼女が確かめたかったのは、私の身体的な状態ではなく、感情的な状態だということは分かっていた。
みんな私の前では婚約の話をできるだけ避けていた。7年前の私の失恋について皆が何となく知っていたため、それが私を動揺させると思っていたのだ。でも全部ではない。あの夜何が起きたのか、彼らは知らなかった。
しかし彼らは私がもう15歳のエメラルドではないことを知らなかった。
私は何年も前に私の心を砕いた男性と対面し、彼が世界の前で私の姉との婚約を発表するのを見ることになる。でも私は大丈夫だった。あれから何年も経っている。私には彼氏がいるし、もう乗り越えたのだ。
昨夜以来、私は彼女に会っていなかった。正直なところ、会いたくもなかった。もう気にしていなくても、あの夜感じた怒りと裏切りの気持ちはまだあった。すべてを知った上で、彼女はどうして何事もなかったかのように私に婚約を発表しに来ることができたのだろう？
どうして彼女は...
私は自分を振り払った、過去を思い出したくなかった。私は今、もっと強くなっている。
過去は過去のままで。そして私は彼女のために幸せであるべきだ。
結局、何年も経っているのだから。そして私は過去を乗り越えた。
もう私には影響しない。全く。
車がきしむ音と共に停止し、私の心臓も止まった。ママとパパが降り、ワーナーが続いた。
私たちは到着した。
「エム？」ワーナーが外で待ちながら呼びかけた。
深い息が私から漏れ、両手はドレスを膝のところで握りしめていた。胸の奥で心臓が激しく鼓動し、口の中が乾いた。汗の一滴が首筋を伝った。
崩れていく。冷静な表情が、私のコントロールから滑り落ちていた。
「ハニー？さあ、テッサが中で待ってるわよ」ママが促した。
私にはできる。何も起きていない。もう乗り越えたのだ。
彼女に固く頷き、歯を食いしばって震える膝で這うように外に出た。私は最後に訪れたのがいつだったか思い出せない巨大な邸宅に目をやりながら、ワーナーの腕をしっかりと掴んだ。
「大丈夫？少し青ざめているけど」私たちが敷居を越えたときにワーナーが尋ねた。
越えてはいけない一線。
「大丈夫よ」私の爪が手のひらに食い込んだ。
「本当に？」
私は頷き、彼をさらに強く掴んだ。彼はしかめっ面をしたが、それ以上は何も聞かなかった。そのことに私は感謝していた。
彼に洗練されたブランド服を着た人々の群れを通り抜けて引っ張られるままにした。広大なホールは大勢の群衆を一度に飲み込むのに十分な広さだった。すべてが最も影響力のある家族のひとつのパーティーにふさわしく装飾されていた。エレガントでありながら眩しいほどに。
おしゃべりと飲み物を楽しむ群衆を通り過ぎると、テスが友人たちと一緒に立っているのが見えた。私たちを見ると、彼女は自分の席を外し、銀色に輝くドレスの裾を引きずりながら私たちの方へ急いできた。トバイアスも続いた。
もし彼女の友人たちが全員ここにいるなら、それは...
ワーナーの腕から手を引き抜き、私は一歩後ずさりした。目は周囲を見回した。足は走って逃げ出すよう促した。誰かが私に近づけない、私の記憶の底に埋めた誰かから安全な自分の部屋に戻りたかった。
「まあ、私の赤ちゃんを見て、あなたはとても美しいわ！」ママの声がかすれ、彼女はパパを見た。「いつの間に私たちの娘はこんなに大きくなったの、ウィルソン？彼女が婚約指輪をつけているのを見て」彼女はすすり泣いた。
私は彼女の指輪から目をそらし、通りがかりのウェイターからワイングラスを受け取った。手はそれを持ちながら震えていた。
パパがママの背中をさすりながら、テスは目を転がした。「ママ、私たちは正式な婚約日を発表するだけよ。今夜結婚するわけじゃないわ！」
「彼女のことは気にしないで、ちょっと感情的になっただけよ。ところで、あなたの婚約者はどこ？」パパは周りを見回しながら尋ねた。
「ああ、彼はあそこよ！」彼女はバーの近くを指差した。そして私は凍りついた。
ゆっくりと着実に、私は皆の視線を追った。4人の男性が一緒に立っており、そのうちの一人が背中を私たちに向けていた。
それは...彼？
7年。7年経って、私は彼と顔を合わせることになる。あの嵐のような灰色の目を見つめなければならない…
私は震える息を吐いた。空気が必要だった、外に出る必要があった。
まさに逃げようとしたとき、テスが彼を呼んだ。
「ケイレブ？」
私の足が止まった。ケイレブ？
私はその方向を見ると、その男性が振り向き、幅広い笑顔が彼の顔を明るくした。近づいてきて、彼はテスの頬にキスをし、ママとパパに挨拶した。
腕を組み、愛情に満ちた目で見つめ合う彼ら...私は瞬きをし、静かな息を呑んだ。
それは、テスがケイレブと婚約したということ？アキレスのいとこ？
今、彼女の指輪の「V」の意味が分かった。「V」はバレンシアンのV。ケイレブ・バレンシアン。
胸の圧迫感が突然消え、空気で満たされた。彼らは一緒ではなかった。
「エム？エメラルド？君か？」ケイレブが尋ね、彼の茶色い目に認識の光が浮かんだ。「なんてこった！これは電話一本よこさなかった悪名高きエメラルド・ハットンじゃないか？」
私は微笑みを浮かべた。「やあ、ケイレブ」
彼は私を熊のように抱きしめた。そして私は彼の愛情に応えずにはいられなかった。彼は私にとって兄のような存在だった。しかし彼から距離を置くプロセスで、私はバレンシアン家に関わる全ての人との絆を断ち切っていた。
彼は引き離して、両手を私の肩に置いた。「君がどれだけ美しい女性に成長したか、誰か言った？」
笑いながら、私は頭を振った。グラスを握る手はまだしっかりしていた。今にも。
「私の妹と浮気するのをやめたら、今度は私が彼女を抱きしめてもいい？」テスはケイレブに眉を上げた。
笑顔で、彼は彼女のこめかみにキスをした。「僕の目にはあなただけだって知ってるだろう？」
目を転がして、彼女は彼を押しのけ、私に腕を回した。「素敵に見えるわ！」
「あなたもよ」と私は言った。彼女の視線が私のと合った。後悔に近いものが彼女の目に浮かび、そして私が解読できない何か別のものが。
「エメラルド、私は…」
「さあ！ダンスの時間だ」ケイレブが遮った。彼がテスに視線を送ったことは見逃せなかった。何が起きているの？「行こうか？」
瞬きをして、テスは喉を鳴らした。彼女は微笑み、ケイレブの手に自分の手を置き、一緒にダンスフロアへと跳んで行った。ママとパパは他のカップルとの会話に夢中になった。
ワーナーの電話が鳴り、彼が何かを言おうとしたところを遮った。失礼しますと言って、彼は電話に出るために離れて行った。
トバイアスは私の用心深い周囲への視線に気づいた。私の不安に。「リラックスして、大丈夫だよ」
「え？なぜそう言うの？」私は混乱したふりをした。
彼はため息をつき、頭を振った。「何でもない。もう一杯飲む？」彼は私の空のグラスに顎をしゃくった。
いいえ、ここにいて私と一緒に。私はそう言いたかったが、やめることにした。「もちろん」
頷いて、彼はバーへ飲み物を取りに行った。
私はサポートのために誰も必要としなかった。一人で対処できる。私はもう、彼の一目で彼の足元に倒れるような純真な10代ではなかった。
突然、首の後ろの毛が逆立った。鳥肌が肌をピリピリさせた。
振り返り、周囲を観察した。何も普通と変わらないように見えた。
それなのに、なぜ誰かに見られているような気がするのだろう？
色とりどりの光がおしゃべりする人々の群れの周りを移動するとき、私の視線は1階に向かい、そこで止まった。最も遠い角に、顔が影に隠れた人影が立っていた。両手をポケットに入れ、じっと動かず、体は私の方を向いていた。顔は見えなくても、彼が私を見ていることはわかった。そして何故か、それは私を不安にさせた。それでも、私は目を離すことができなかった。
彼は誰？
「エム？」
驚いて飛び上がり、私は振り向いた。
「わあ！わあ！落ち着いて、俺だよ」ワーナーは両手を上げて言った。
安堵のため息をつき、私はもう一度振り返った。そして彼は消えていた。
「大丈夫？」
「うん、大丈夫よ。ただびっくりしただけ」私は唇を濡らしながら答えた。
「わかった。ダンスする？」彼は手を差し出して尋ねた。
私はトバイアスを探した。そこに彼はいた、まだ両手にグラスを持ったまま、何人かの女の子と笑っていた。私は兄に頭を振った。
ワーナーに小さな笑顔を向け、私は彼の手を取った。
今は一人でいたくなかった。
ダンスフロアに着くと、私たちは薄暗い照明とゆっくりした音楽の下で揺れ始めた。そして再びそれを感じた。あの視線、遠くから私を見つめる燃えるような視線、私の一挙手一投足を追っている。
ワーナーが私の耳の後ろに一筋の髪をかき上げたが、私の熱心な視線は群衆の中で何かを探していた。
「エム？本当に大丈夫？昨夜から少し落ち着かないようだけど」彼はしかめっ面をした。
「うん、すべて大丈夫よ。心配しないで。ただの時差ぼけよ」私は嘘をついた。嘘をつきたくなかった。でもこのパーティーのことを聞いて以来、なぜ私の神経が高ぶっているのか彼に言うことはできなかった。
「わかった。君がそう言うなら。でも何でも何でも話してくれれば、俺は聞くよ、わかってるよね？」
今度の私の笑顔は本物だった。私は頷いた。「わかってる」
彼の唇が上がり、彼は私の片手を取って手の甲にキスをした。
私の背後で誰かが咳払いをした。「この美しい女性と踊る機会をいただけますか？」深く硬い声が、かすかなギリシャなまりで尋ねた。
私は硬直した。
ワーナーは私の頭越しに見上げ、彼の目は少し広がった。彼の目に認識の色が浮かび、丁寧な笑顔が彼の唇に浮かんだ。「もちろん」一歩離れて、彼は私を見た。「バーで待ってるよ」そして彼はダンスフロアから姿を消した。
だめ！
私はそう言いたかった。しかし動くことも何も言うこともできなかった。
振り返りもしなかった。あえてしなかった。私の背後に彼の熱を感じながら、心臓は胸の中で鼓動した。大きな手荒れした手が私の手を覆い、彼の腕が私を包み込みながら、それらを一緒に私の前に置いた。彼の電気が私の静脈に波のように走ったとき、息を呑んだ。
私が動かないと、彼は主導権を握り、私たちの両方をゆっくりとした動きで彼の巨大な体で揺らした。彼のエキゾチックな香水とタバコの香りが混ざった強烈な組み合わせが私の感覚を満たした。
まだ同じ。
私の脳は機能を停止した。
熱い息が私の首をくすぐり、膝が弱くなった。粗野な感情の群れが私に押し寄せた。胸の中で何かが締め付けられ、震える息が私の唇から漏れた。
私たち二人は音楽の下で揺れながら沈黙していた。聞こえるのは音楽と私の深い呼吸、そして耳に響く心臓の鼓動だけだった。彼の下で私の手は震えていた。
これはできない。できない！離れる必要がある！
彼の腕を動かし、離れようとしたとき、彼は私の手をつかみ、くるりと回して引き寄せた。私の胸は彼にぶつかった。息を呑んで、私が彼を見上げたとき...
息が喉に詰まった。
あの嵐のような灰色の目。
7年ぶりに私はそれらを見つめていた。そしてそれは私が恐れていたことだった。彼らは私を捕らえていた、何年も前にそうしていたように。それらの灰色の瞳は私の魂を覗き込み、私を強制していた。彼の顔は私から数インチの距離だった。
息を切らして、私は彼の他の特徴を取り入れた。そして言葉を失った。
強く彫りの深いあご、目立つ顎、美しい鋭い鼻、引き締まった魅力的な唇、そして広い額。ジェットブラックの髪の毛一本も乱れていなかった。彼は長く髪を伸ばし、その先端は首に触れていた。まるでギリシャの神のように。
あの魅力的な少年らしい外見は消え、今の彼についてのすべてが男を叫んでいた。力強く荒々しい男。
私は息を呑み、視線は彼の顔から離れることができなかった。年齢が人をこれほど美しくするとは知らなかった。いや、美しいという言葉ではない。言葉ではアキレス・バレンシアンを表現できなかった。
彼は...この世のものではなかった。
手を上げて、彼は私の顔から一筋の髪をかき上げ、ワーナーがさっきそうしたときには感じなかった震えを私は感じた。彼の視線は私の顔のすべてを巡り、まるでそれらを記憶しているかのようだった。彼らはある種の恍惚状態にあるように見えた。まるで自分を止められないかのように、彼は私の頬に関節を擦りつけた。私が解読できなかった息を切らしたつぶやきが彼の唇から漏れた。
無意識に、私は彼の触れに身を寄せ、目は彼の顔から離れなかった。肌はもっと欲し、彼の強い腕だけでは足りなかった。私の心は彼の灼熱の視線の下で浸りながら何かを切望した。私の視界は胸に押し寄せる高まる感情で燃えた。
私のエース…
しかし彼の声が私の恍惚状態を破り、現在、現実に引き戻した。
「まだ私と話さないの、ローズバッド？」彼の灰色の目が私のターコイズブルーの目と合った。
ローズバッド？だから彼はまだそんな名前の誰かが彼の人生に存在したことを覚えているの？
それなら彼は何年も前に彼女に贈った心の痛みも覚えているはずだ。