魔法学園の仮面悪役令嬢~覚醒システムで転生者を裁く!

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第3章

三日目の朝。寮のカーテンの隙間から差し込む光が、床に長い縞模様を描いていた。私はベッドの端に腰掛け、討伐ルートが記された紙片を握りしめる。その乾いた感触が、リリアンの企む『不慮の事故』までの残り時間を、冷たく告げているようだった。

あと、一日。

何かをしなくては。焦燥に駆られる心を抑え、私はクローゼットへ向かった。いつもなら手にするはずの、華やかで眩しい貴族の制服には目もくれない。選んだのは、刺繍もレースもない、ごく簡素なワンピース。これなら、悪名高い『悪役令嬢』ではなく、ただの生徒として人目に紛れることができるはずだ。

学園の東側、古い建物が立ち並ぶ一角に、その工房はひっそりと佇んでいた。蔦の絡まる石壁には発光魔法を施された水晶が埋め込まれ、空気そのものが魔力の粒子で満たされている。肌を粟立たせるような、微かな気配。

深く息を吸い込み、重厚な木製の扉を押し開ける。

その瞬間、私は息を呑んだ。

工房、だなんて。とんでもない。まるで、おとぎ話の世界に迷い込んだかのようだった。壁一面の棚には、様々な魔法道具がきらきらと輝きを放ち、宙に浮かぶ魔法灯は小さな太陽のように暖かな光を投げかけている。ひとりでにページをめくる魔法書がさらさらと乾いた音を立て、錬金釜からは、くつくつと神秘的な色の液体が煮える音と、嗅いだことのない甘い香りが立ち上っていた。

空間全体が柔らかな光に包まれ、まるで夢の中にいるような錯覚に陥る。

その世界の中心に、彼はいた。

作業台の前に座るフェリックス・クラウスの燃えるような赤髪が、魔法の炎に照らされて揺らめいている。何かの彫刻に没頭しているのか、その手元には、私には名前もわからない希少な素材が散らばっていた。微かな光の中で瞬く鉱石の粉末、虹色の光を宿す水晶の欠片……。

彼は顔も上げずに、気だるげな声で言った。

「よう。噂をすれば影、だな。昨日の美人お嬢様のお成りだ」

私の来訪に気づいていたことに少し驚いたが、これだけ魔法道具に満ちた空間だ。何かしらの感知装置が作動していてもおかしくはない。

「当ててやろうか」

彼は手元の作業をぴたりと止め、こちらに振り向いた。悪戯っぽい光を宿した緑の瞳が、私を射抜く。

「助けを、求めに来たんだろ?」

見透かされているのなら、回りくどい前置きは不要だった。

「ええ。討伐の際に、私の身の安全を確保できるような算段が欲しいの」

フェリックスは片眉をひょいと上げ、私を値踏みするようにじっくりと観察した。

「面白い。あのローゼンバーグ家のお嬢様が、自ら助けを求めるとはな。噂よりずっと、賢いらしい」

【システムメッセージ:フェリックスの好感度+10】

【現在好感度:計測不能→上昇】

【隠しステータスをスキャン中……】

心臓が、とくん、と少しだけ速く脈打つ。好感度の上昇は安心材料だ。けれど、あの『スキャン中』という表示が、この赤髪の少年の正体に対する好奇心を無性に掻き立てた。

「ちょうどいい。面白いモンができたところだ」

フェリックスは立ち上がった。その何気ない仕草は、驚くほど洗練されていて、彼の気ままな雰囲気とはどこか不釣り合いだった。

彼が手に取ったのは、精巧な銀の腕輪。工房の光を受けて、きらりと鋭く輝いた。

「《無事の帰還(リターン・ホーム)ブレスレット》。俺の最新作だ。生命の危機を検知すると、自動で《瞬間移動(テレポート)》が発動。着用者をあらかじめ設定した安全な場所へ強制転移させる」

私は息を呑みながら、その腕輪を受け取った。

【システム表示:道具品質:SSS級】

【製作者スキル:マスター級錬金術】

SSS級!?どういうこと?ゲームで最高ランクとされたアーティファクトですら、S級だったというのに!

「だが、そいつはオマケだ」

フェリックスは腕輪に嵌め込まれた小さな水晶を指差す。

「こいつの真価は、こっち。《真実記録(トゥルース・レコード)クリスタル》。着用者の周囲で起きた事象の全てを、魔力の波動や人物の会話も含めて記録する。誰かがお前を陥れようとするなら、これが何よりの証拠になる」

私の手が、微かに震えた。これは、まるで……私のために作られたような道具じゃない!

【システムが警告を発信:製作者の真のレベルを検知:???】

【警告:対象キャラクターの実力は、表面上の表示を遥かに上回っています】

【推測:秘匿された身分を持つ可能性:高】

腕輪を試着すると、温かな魔力が瞬時に私を包み込み、まるで目に見えない守護膜に覆われたような感覚に陥った。

「こんな……こんなに貴重なものを、どうして私に?」

フェリックスは作業台に戻りながら、肩をすくめてみせる。

「賢い女が、愚かな男にいいように使われてんのを見るのは、どうにも寝覚めが悪いんでな」

心臓が、どきりと音を立てた。彼は、何かを知っている?

「それに」

彼は作業を再開しながら、独り言のように続けた。

「お前、噂の『悪役令嬢』とはずいぶん違うって、ずっと思ってた。その目つき……最近、面白くなった」

【システムメッセージ:フェリックスはホストの変化に気づいています】

【信頼度上昇】

【隠し好感度:85/100】

好感度、八十五点。その数字に、私は喜びと同時に戸惑いを覚えた。どうして彼は、私にこれほどまでの好意を?

私がさらに踏み込もうとした、その時だった。工房の扉が、静かに、しかし威圧的に開かれた。

ダルジア王子が、優雅な足取りで入って来る。背後には二人の衛兵。きらびやかな王室の制服を纏い、逆光の中に立つ姿は、確かに主人公のオーラを放っていた。

「モニカ、ここにいたのか。少し心配になってね」

彼の口調は穏やかな気遣いに満ちていて、まるで恋人を案じる優しい婚約者のようだ。

だが——。

【システムが即座に情報を表示:ダルジア王子】

【現在思考:忌々しい、なぜこいつが魔道具師の工房などに?計画に支障は出るか?】

【表面上の偽装度:89/100】

【真の好感度:12/100】

【警戒度:★★★★☆】

全身の血が、すうっと冷えていくのを感じた。好感度十二点。これが、私の信じた『真実の愛』の正体……?

フェリックスは動じることなく腕輪をしまい、だるそうに挨拶した。

「よう、王子様。こんなガラクタ置き場に、何の御用で?」

その口調はぞんざいだったが、ダルジアに腕輪の存在を悟らせまいとする、彼の自然な隠し方に私は気づいていた。

ダルジアの視線が、探るように作業台の上を走る。

「私の婚約者が何をしているか、見に来ただけだよ。モニカ、まさか討伐の準備でもしているのかい?」

その言葉には、私を値踏みするような響きが混じっていて、不快感が胸に広がった。

【システムメッセージ:重要選択肢】

【推奨:適度な躊躇を演じ、真意を悟られないようにしてください】

「ただ、安全に関する知識を少し……」

私は自分の声が、か細く聞こえるように努めた。

ダルジアは、すぐさま『優しい』仮面を被り直す。

「モニカ、そんな面倒な道具は必要ない。私が君を守る。それに、今回の討伐には私も参加するからね」

【システム表示:虚偽の約束を検知】

【ダルジアの真の計画:討伐中に意図的に別行動をとり、モニカを孤立させる】

胃のあたりが、むかむかしてきた。私の目の前で守ると言いながら、裏では私を見捨てる計画を立てているなんて。

その時、フェリックスが不意に口を挟んだ。

「王子様。今回の討伐ルート、いくつか問題があると聞いてますが?魔瘴の湿地を通るあの道は、かなり危険だと評判ですよ」

ダルジアの顔色が、微かに変わった。

「ルートは学園が手配したものだ。私は専門家の判断を信じている」

【システム表示:ダルジアの心理に激しい動揺】

【焦燥度上昇】

【現在の思考:こいつ、どこまで知っている?】

フェリックスは、ダルジアの計画を知っている!私が驚いて彼を見ると、彼は私にだけわかるように、そっと片目を瞑ってみせた。

ダルジアは去り際に、わざと私のそばに寄り、囁く。

「モニカ、明日は早く休むんだよ。明後日の討伐には、万全の体調で臨んでもらわないとね」

彼の手が、私の頬を優しく撫でる。表面上は、どこまでも甘く、優しく。

しかし——。

【システム表示:悪意ある接触を検知】

【脅迫の成分を含む】

私は吐き気をこらえ、こくりと頷いてみせた。彼の指先が触れた箇所が、まるで冷たい蛇に這われたかのように粟立った。

扉が再び閉まり、工房は束の間の沈黙に包まれる。

「……あの男、嘘ばっかりだな」

フェリックスが、唐突に口を開いた。

私は、はっとした。

「え?」

「さっきの奴、お前を見る目に愛情なんざ欠片もなかった。あったのは計算だけだ」

フェリックスは真剣な顔で言った。その緑の瞳には、私にはまだ読み取れない何かがきらめいている。

「男として、俺にはわかる」

【システム確認:フェリックスはダルジアの本性を見抜いています】

【信頼度MAX】

【部分的な告白を検討可能】

心臓が、激しく高鳴る。私を理解してくれる人がいる。ダルジアの偽りを見抜いてくれた人が、ここに!

私は深呼吸をして、決意を固めた。

「フェリックス。もし私が、誰かが私を利用して……私を傷つけることさえ厭わないと話したら、信じてくれる?」

フェリックスは、一瞬の躊躇もなく答えた。

「信じる。……で、俺に何をしてほしい?」

無条件の信頼。その温かさに、目頭が熱くなる。

「私は、自分の運命を変えたいの。もう誰かの身代わりになるのも、誰かに利用されるのも、ごめんだわ」

フェリックスは、満足そうに口の端を上げた。その瞬間、彼はまるで王子様のように見えた。ダルジアのような偽物ではない、本物の、王子様に。

「それでこそだ。さて、ローゼンバーグ家の反逆令嬢。俺と一緒に、一波乱起こす準備はいいか?」

【システム表示:重要マイルストーン達成】

【フェリックスが信頼できる共犯者(パートナー)になりました】

【新ミッション開始:反撃計画の策定】

私たちは、具体的な反撃計画を練り始めた。フェリックスが紙とペンを取り出し、図を描きながら話す。その文字は、驚くほど整っていた。

「《真実記録クリスタル》で、ダルジアとリリアンの悪だくみの証拠を集める。明日、リリアンが『事故』で負傷するのを観察し、タイミングを見計らう」

「そして討伐の最中に、真相を暴露する」

と私は付け加える。

「その通りだ」

フェリックスは顔を上げて私を見た。

「だが、本気でやる気か?一度始めちまったら、もう後戻りはできねぇぞ」

私は、腕にはめられた冷たい銀の感触を確かめる。心の中に、初めて運命を掌握する力が宿るのを感じた。

「ええ。覚悟は、できているわ」

【システム最終表示:キャラクターの成長】

【モニカ:受動的な存在→能動的な変革者】

【新スキル解放:戦略的思考】

夕日が沈む頃、私が魔道具工房から出た時、世界はまるで違って見えた。

もはや私は、断頭台へ向かう筋書きを待つだけの悪役令嬢ではない。

自らの手で、この物語を書き換えるのだ。

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