第8章 重い思い出
三月十五日。
春の気配はまだ遠い。東京の、白く冷たい壁に囲まれた診察室で、医師の声だけがやけにクリアに響いていた。
「末期の膵臓癌です。余命は、持って半年といったところでしょう」
はるかは診察椅子に浅く腰掛けたまま、専門用語が並ぶ診断書を握りしめていた。その指先が、自分のものではないかのように微かに震えている。
「はるかさん、一刻も早く入院し、治療に専念すべきです」
白衣の中年医師は眼鏡のブリッジを押し上げ、感情を抑えた事務的な声で続けた。
「末期の膵臓癌の痛みは苛烈を極めます。ご自宅で、お一人で耐えられるものではありません」
はるかはゆっくりと顔を上げた。唇の...

Chapters
1. 第1章 無視された愛
2. 第2章 触れられない距離
3. 第3章 裏切りの恋人
4. 第4章 遅れてきた深情
5. 第5章 最後の賭け

6. 第6章 永遠に恥じる

7. 第7章 残された人が一番苦しい

8. 第8章 重い思い出

9. 第9章 こまめの付き添い

10. 第10章 永遠の苦しみ

11. 第11章 許せない自分


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